たのはしです。ランニングを始めたばかりの方へ。
「いつかはフルマラソンに挑戦したいな。」
と思っているものの
「はたして、完走できるかな。」
「どれだけ苦しいのかな?」
などと、不安で悩んでいませんか。
実はフルマラソンの距離(42.195キロ)は、実業団のエリート選手でさえ、練習ではあまり走りません。
なぜならダメージが大きいからです。
私は20年以上、ランニングを走り続けてフルマラソンも30回以上完走しています。
この記事では、そんな私が2回目に出場したマラソン大会の思い出を書かれています。
この記事を読むとフルマラソンのレース中の様子や、ゴールする時の気持ちがわかります。
そしてあなたに、フルマラソンの魅力が存分に伝わると思います。
結論を一言で申し上げると
マラソンを走ることは、物語を作ること
でしょうか。
あなたにフルマラソンの魅力を伝えるために、私の経験を書いてみます!(勝田全国マラソン)
初マラソンから2回目のレースを迎えるまで
初めて走ったフルマラソンは5時間11分でした。
前半抑えて入ったものの、後半失速。歩きはしなかったけど、何度も立ち止まってしまいました。
息が苦しいわけでもない。
身体が痛いわけでもない。
ただ、足に重い鉛をつけたように動かないだけ。。。
人生初めての不思議な体験でした。
初マラソン後、約半年間の走行距離は下の表の通りです。
1998年6月 | 走行距離156km |
---|---|
7月 | 201km |
8月 | 180km |
9月 | 181km |
10月 | 162km |
11月 | 170km |
12月 | 151km |
1999年1月 | 173km |
フルマラソン、いよいよスタート!
そして、2月11日。
2回目のフルマラソンに挑戦しました。
茨城県で開催されている「勝田全国マラソン」です。
目標は「自分のペースを維持して、しっかり完走する。」です。
1回目よりは練習も積んでいるし、経験値が上がっているのでタイムは1回目よりは良くなるだろうな、と思っていました。
当日朝の天気は曇り。
午後から少し雨が降るかもしれない、という予報でした。
気温が低かったので大きなビニール袋をかぶって、スタートしました。
もちろん、目標は「完走」です。
10キロ~20キロ通過!
スタートしてから、マイペースでキロ6分ぐらいで走っていました。
10キロ過ぎたあたりで、少し雨がぽつぽつと降ってきました。
そして20キロで本降りになってきて、しかもみぞれっぽくなってきています。
まさかの展開です。
あまりにも寒すぎます。
手袋をしていましたが、手先は寒すぎて感覚はありません。
シューズもぐちゃぐちゃに濡れて、冷たいです。
ただ、救いだったのはスタート時に来ていたビニール袋を脱がなかったことです。
おかげで上半身は、少しのぬくもりを感じて走ることができました。
25キロ~30キロは苦難の連続
25キロから30キロになっても、みぞれは降り続いています。
走路脇には、寒さで走れなくなったランナーがあちらこちらで、うずくまっています。
空はねずみ色。薄暗い景色。
一言で申し上げると「地獄絵図」。(*^_^*)
「止まったら最後、寒くて走れない」と思ったので、とにかく自分のペースに集中してひたすら走り続けました。
ゴールまでの距離を考える余裕なんてありません。
「絶対に止まらない」ことだけを考えながら、残りの時間を耐えました。
「走り続けてさえいれば、いつかは終わる。」
感動のフィニッシュ!
そして、気がつくとゴールが見えてきました。
ほっとしたのと同時に、不覚にも涙があふれてきました。
前半に飴玉を渡してくれた丸刈りの子ども。
お菓子をお皿いっぱいに用意していたおばさん。
家の前で椅子に座りながら笑顔をくれたおじいさん。
手を振って応援してくれたおばあさん。
雨の中、私設給水所で「ファイト!」と声をかけてくれたお姉さん。
今まで出会った人たちが走馬灯のように思い出される。
そしてこのゴールの花道にも、こんなにたくさんの人が応援してくれている。
スタートしてからたくさんの人に助けられ、そのおかげで自分は今、ここまでたどり着くことができた。
心から感謝の気持ちでいっぱいになりました。
そして感動のフィニッシュ!
大人になって社会に放り出され、夢中で仕事をして、毎日同じような生活を繰り返しているうちに
いつの間にか、忘れていたものに気づくことができました。
そして今、目指していること
今でもフルマラソンを走るたびに「今日はどんな物語があるんだろう。」とわくわくします。
4時間半で完走した、この「1999年勝田全国マラソン」は、思い出深いレースのひとつです。
今後も新たな感動に出会えるように、しっかり準備をしてフルマラソンに臨みたいと思います。
たのはしでした!